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ジョーダン・ファーガソン (著) 吉田雅史 (翻訳) / J・ディラと《ドーナツ》のビート革命

発売から10年経過していて、さらにラップが入っていないアルバムについての書籍がこうして出ること自体、瞬発的に時代の空気感をとらえて作品にしていく回転の早いヒップホップ業界において、かなり特別な存在というのが、今までJ Dillaのことをさほど気にせず生活してきたであろう若い方々にも伝わるとは思います。

この書籍はJ Dillaファン最大の関心事であります、ヒップホップ史上に輝くインスト作品(及びミックステープ)の最高峰としても知られる「Donuts」の制作の裏側と、各曲のサンプリングという視点からの解説、そしてその鬼気迫る作風と伝説化に死が関係しているかの考察などを、生い立ち、出会い、挫折、死に関する家族や仲間たちからのエピソードと、ポイントとなった過去作発表時などの様子も交えながらを記したものになります。

これを読んでからアルバムを聴いた場合とそうでなかった場合では、明らかに受け取れる情報量が違ってくる内容になっておりまして、ヒップホップを聴き続けている者が雑誌やインターネットで自然に知っていくレベルの情報から、全くもって初めて知るターニングポイントとなった重要な情報まで、リスナー歴問わずどのレベルの人が読んでもこのアルバムを深く楽しく聴くためにプラスになる書籍であることは間違いありません。

私的に彼の人生のハイライトは、ファーサイドのランニン、トライブ作品への召喚、ウェルカム2デトロイト、そして様々な出会いと別れを経て最終的にLAのインディーズレーベルに入ってくるところなんですが、彼が来る前から大好きだったストーンズスロウの件なんかは例えるなら、天才大空翼(マッドリブ)とSGGK若林源三(PBW)の南葛小(ストーンズスロウ)に、転校生の天才岬太郎(Jディラ)が入ってきたみたいな特に強烈なインパクトがあり、私自身猛烈に興奮した記憶があります。(病弱を加味しますと天才三杉淳的な要素もありますよね。)

定点観測をしていた者として、「Donuts」が伝説化した理由としてやはり、そのアンダーグランドの名門ストーンズスロウへのいわゆるメジャーシーンからの下野みたいなのが大きかったと思っていまして、USのサグラッパーと似たような服装や、楽曲の厳つめな声のサンプリングからも分かるように、文系サイドで理解されにくいであろうディラのUSヤンキー寄りの趣味と(そういうところが好きなんですが)、レーベルが持っていたオタク気質の土壌が合わさって、あまり無い奇跡的なバランスとなり、それをポップなビジュアルでパッケージ化した戦略によるところが功を奏したと思っております。

もちろん亡くなったことによるブーストもあったと思いますし、全てが重なって伝説化した様なものなので、一つとして無駄な要素が無かったようにも思います。PBWが勝手にホワイト盤作って怒られた話から、Donutsではなく他のものの続編を作るべきだというPBWとイーゴンと争ったミーティングの話など、もしかしたら何かが一つ掛け間違えていたらこれは出なかった(もしくはこの完成された形では出なかった)のかと思うと、本当にドラマティックだなぁと。

こういっちゃアレですけど、死後出たThe Shiningに対して、音楽的には良いと思っているのにいまいち乗り切れなかった自分が感じていたのは、ジャケがイマイチで、BBEのビート・ジェネレーションシリーズのクールさを知っていただけに、凄く残念だった記憶があります。ジャケは凄く大事だなと。そういった意味でもDonutsは完成されてたように思います。

途中、デトロイトテクノのオリジネーター三人の名前が出てくる箇所があるんですが、それを見かけた時にこの本がデトロイトに関連する本というのやゲトーに住む若い才能のあるクリエイターにまつわる実際のエピソードというのが重なり、読んだ人が皆デトロイトテクノ病にかかるあの「ブラックマシンミュージック」を思い出してしまいました。また、物語から好きになっていく人もいるのかと思うと、またこの書籍から始まる文化もあり面白いもんだなと思います。

人の数だけJ Dillaへの思い出もあるかと思いますので、自分の感じてきたものとの答え合わせであったり、より一歩進んで理解するための参考書として是非読んでみたら良いかと思います。ちなみに、Donutsをより楽しむための作成物やその時期の分析だったり、音楽を作らない人にもわかりやすい代名詞とも言うべきクオンタイズの件が書かれたおまけもあり、色々な側面からこの作品を知れる最上級の資料となっておりますので、知っている人も知らない人も皆様是非。





ジョーダン・ファーガソン (著) 吉田雅史 (翻訳) / J・ディラと《ドーナツ》のビート革命

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内容紹介(アマゾンより)

ヒップホップ史に輝く不朽の名作《Donuts》には、
J・ディラ最期のメッセージが込められていた――

Q・ティップ、クエストラヴ、コモンほか
盟友たちの証言から解き明かす、天才ビートメイカーの創作の秘密。

地元デトロイトのテクノ~ヒップホップシーン/スラム・ヴィレッジ結成/Q・ティップ(ア・トライブ・コールド・クエスト)との出会い/
ソウルクエリアンズでの制作秘話、同志マッドリブとの邂逅/そして病魔と闘いながら作り上げた《ドーナツ》まで、
32歳の若さでこの世を去った天才ビートメイカー、J・ディラが駆け抜けた短い生涯とその音楽に迫る。

日本語版のみ、自身もビートメイカーとして活動する本書訳者・吉田雅史による解説(1万2千字)&ディスクガイドを追加収録。


目次
序文 文:ピーナッツ・バター・ウルフ
第1章 Welcome to the Show――《Donuts》の世界へようこそ
第2章 The Diff'rence――デトロイト・テクノからヒップホップへ
第3章 Hi――スラム・ヴィレッジ結成
第4章 Waves――ビートメイキングは連鎖する
第5章 Stop!――批評とは何か? 解釈とは何か?
第6章 The Twister (Huh, What)――グループからソロへ、デトロイトからLAへ
第7章 Workinonit――車椅子の偉大な男
第8章 Two Can Win――「これはハイプではない」
第9章 Geek Down――ビートを通して死に触れる
第10章 The New――ディラ流「晩年のスタイル」
第11章 Bye――《Donuts》という永遠の環

解説――《Donuts》をよりおいしく味わうために
ディスクガイド
A-side ディラ・ビーツの基本を知る10枚
B-side ディラ・ビーツの深層に触れる10枚

翻訳:吉田雅史
1975年生まれ。“ゲンロンx佐々木敦批評再生塾"初代総代。批評家/ビートメイカー/ラッパー/翻訳家。
「ele-king」「ユリイカ」「ゲンロンβ」などで音楽批評を中心に活動。著書に『ラップは何を映しているのか』(大和田俊之、磯部涼との共著)。
MA$A$HI名義でMeisoのアルバム『轆轤』をプロデュース。最新作は8th wonderのFake?とのアルバム『ForMula』。
著者について

ジョーダン・ファーガソン
フリーライター。カナダのトロントを拠点に、
ヒップホップやカルチャー分野の執筆活動を行う。








J Dilla(Jay Dee)が自分にとってなぜ特別なのか?という事を考えてみたのですが、それは自分がヒップホップを買い始めてから登場したキャラクターだった事が大きかったのではないかと思っております。

私の場合ですと、聴き始めた時には既にプレミア、ピート・ロック、ラージ・プロフェッサーなどは生きた伝説状態となっており、絶対的に外さない人として扱われておりましたが、当時駆け出しだったJ Dillaの作品はレコード店勤務の先輩が出してくれた、1st Downの12インチやファーサイドの2ndアルバムからのカットで、プロデューサー買いの部類には入らないものだったと。単に曲が良いからとかファーサイドのファーストが格好いいからという理由で購入したものだったので、自分のヒップホップ歴の初期段階で自然に並走し始め、そしてまだまだ新しい事を提案してくれそうな時に亡くなったような印象です。

A Tribe Called Questの4枚目での物議は私の近隣でもありましたが、私自身は好意的な意見の側(メローで良いじゃないかくらいの浅いかんじです)として、更に東京のレコ屋の通販のリストにやたらと推されるスラムヴィレッジにも騙されたと思って好意的に理解しようとした側(正直届いて聴いたら訳が分からなくビビった)、そしてThe Ummah周辺との合流の動向などにアンテナを張り、変なホワイトブートをワケも分からずまあまあ買った側として、常に新しくて問題を提議するような位置にいた気がします。もっともパフ・ダディの仕掛けたポップ化の波を拒絶した後の行き場としてそちら側に行ったのもあるかもしれません。(主にそこにRAWKUSや西海岸のアンダーグランド、ターンテーブリズムも加わっていく感じで)

そして、スウィズ・ビーツ、ネプチューンズ、ティンバランドが登場した時、変なキラキラのロンパースみたいなノリのパフ・ダディ一色のムードが若干薄くなった気がしたもんですから、アンダーグランドとメインストリームを両方聴くという形を再び取ったのですが、自分がその頃のJ Dillaから感じた印象は、トライブのラストアルバムでギリギリアンダーグランドとメインストリームの境界あたりがまだ曖昧だった最後くらいの時期に、大仕事したということでしょうか。先行のシングルでテイトウワ氏のテクノバを使ってきた時に、Q-TIPとネタ元の関係性によるものと勝手に思ってましたが、とは言えどんなお題を出してもビートが作れるのかなと、もう一段階上の存在に行った感じがしましたし、ようやく追いついて理解が出来るようになった頃だったと思います。

その後、Q-TIPのソロ作にて再び起用されましたが(キャラチェンジ後のQ氏のイケメンアピールが凄くて不評みたいな情報ありましたよね)、その辺りから特に感じるようになったのが、トレンドをとても気にしながらビートを作っているということであります。メインストリームでトレンドになり始めたプロデューサー達が共通事項として持っていたバウンス感や景気の良い感じを、本人の解釈で組み込んで来たことがそれを考えるきっかけになったんですが、その後のJaylibのチャンピオンサウンドでは、Madlibとの邂逅によりそことスキルトレードをしながらも、メインストリームで流行っていた中東系のテイストを入れてきたなという印象がありましたし、Donutsにおいてはやはりカニエ・ウエストの登場を意識したんではないかと雰囲気的に感じました。

本書にもこのことがQLの掲示板への書き込みの話として書いてあり、夜中本を読みながら思わず声が出たんですが、これにはDonuts発売日に集まって友人10人位でやった試聴会にてその発言したところ、熱心な友人からの反発にあい、やや自信なかったのかスッと引っ込めたというのがり、俺はなぜあの時もっと主張しなかったのかと悔いております。しつこいですね。

ちなみに、もし亡くなっていなかったらトラップ以降の世界では体どんな作風になってどんな人達をプロデュースしていたのか、全く想像出来ませんが猛烈な対抗意識で多分何かしらそこへのアプローチがあったかもなと思うと面白いですよね。












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